父が脳出血で倒れた

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– 一つ記録をまとめておこうと思う。

C93の当落が控えるこの時期、冬コミという単語を耳にすると昨年の締め切り間際のことを思い出す。C91の割増入稿もデッドラインを迎えるころ、母から一本の電話があった。

「父が倒れた」

理解ができるまで寸秒ではあったが、大変に混乱した。電話越しに聞こえる救急車のサイレンによって、言葉通り「倒れた」ということを理解させられるまで。 原稿を放り出し、急遽地元の病院に向かうと、そこには集中治療室で横たわる父の姿があった。一命はとりとめたものの、意識はほとんどない状態で。高次脳機能障害を背負って。

高次脳機能障害 - Wikipedia

病名は脳卒中。これは総称なので正確な病名ではないが、そのうちの脳出血である。ここ数年父は高血圧が続いており、薬を処方されていた。効果のほどはわからないが、薬による降圧では抑えられなかったようだ。

脳内出血 - Wikipedia

言わずもがな、この日を境に父はこれまでとは打って変わっていた。 病院についたその時は目を開けるものの、かろうじて瞼を閉じられるくらいの力しかなかった。名前を尋ねても応答はなく、目を合わせても表情一つ変わらない。ただ、生きているだけの姿だった。 ここから今日に至るまで、さまざまな展開があった。

師走の数日間、病院に足繁く通ううちに容体は徐々に良くなってきた。全身は動かないが、首を振ることができるようになり、名前を呼ぶとうなずくようになった。しかし赤の他人の名前を呼んでも頷いてしまうように、ただただ聞こえているという応答をしているだけであった。

C91で頒布側に回るということもあり、責任を果たすためにも東京に帰ったが、年始にまた地元へと戻った。出血が収まったこともあってか、この数日間の間に顕著に回復が見られた。ゼリーを食べられるようになり、名前の質問に関しては「はい」「いいえ」の回答ができるようになっていた。噛んで食べるよう言われたゼリーをすぐに飲み込んでしまう姿をみて、まだ言葉の理解はごく一部しか回復していないようであった。

しばらく日にちが経ち、顔を見せるたび笑顔を取り戻すようにもなってきた。言葉がでないものの、しゃべろうとする意志を感じることもあり、動きを取り戻さないと思われていた身体も左側は徐々に動くような変化が見られた。

医師からの説明とともに頭部CTの画像を見せてもらったところ、左脳で脳出血を起こしていた。左脳の神経が破壊すると右半身が片麻痺となるとの説明を受けた。麻痺の影響は片側だけの限定的なものもあってか、左手を使って病院内を車いすで移動できるようになってきていた。麻痺に加えて言葉の理解や発言が難しい、所謂失語症も左脳の損傷が大きいため起きているとのことだった。事実、会話の部分に関しては倒れる前の状態に戻るのは絶望的だと思われるほどに支離滅裂であるなど、言葉に長時間詰まる状態が長く続いていた。

失語症 - Wikipedia

倒れて搬送された病院では半身不随や失語症のリハビリテーションは専門として行っていないため、リハビリテーション病院に移動するまでの間は、家族でサポートしていくこととした。ここで役に立ったのは横浜コミュニケーション障害研究会の教材とiPad miniである。

失語症訓練教材のご案内(横浜コミュニケーション障害研究会)

前者はPDFなどの形式で有志の方々が作成された失語症のためのドリルである。一見幼稚な教材にも見えるが、父の失語症の症状は「物の認識はできるものの、単語などの言葉が出てこない」というものである(本人談)。 りんごの画像があって、その名称を答えさせるような問題は、単語を脳の奥から引き出し思い出すトレーニングとしてとても効果的であった(本人談)。また、単純な短文を構成するものもとても身になったという。 後者は父の要望で、テレビ等の日常の言葉を多く耳にしたい願いをかなえるために新たに購入したものだ。iPad miniのCellularモデルを購入し、IIJmioのSIMカードを契約してAbemaTVがみられるようにセットアップした。 半身不随は耳にも影響があるようで、左耳しか聞こえないとの話であったため、ステレオイヤホンの片方を切断したものを用意した。 余談だが、右側が麻痺している点は舌の味覚や視野の部分もそうだと言う(本人談)。味覚は左側のほうが味をよく感じ、視野に関しては両目で見えているものの、見えている範囲の右側がホワイトアウトしているとのことだ。 iPad miniはこれ以外にも筆談などに利用でき、意外と利用範囲は広かった。

父が倒れた数日後、失語症は後遺症として残ると聞かされた時、上記のような考えをついた。横浜コミュニケーション障害研究会の教材に使われているようなIPAの教育用の無償素材等を組み合わせ、1日でプロトタイプを作り上げたほどだ。 回復のペースが開発のペースを大幅に上回っていたため表に出せるような完成度までは達していないが、時間と十分に暮らせる資金があれば完成させたいと思っている。

春、リハビリテーション病院に移れる程度に体調は安定し、いよいよ本格的なリハビリが始まることとなった。これから長い時間をかけて理学療法士(PT)や作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)などの専門スタッフによって大幅な機能改善を図ることとなる。 ここでのリハビリにより、会話はまずまずできるようになり、杖をついての歩行ができるようになるほどに回復した。

リハビリテーションの時間は長く続き、そろそろ一年が経とうとしている。職業準備訓練も控え、失語症と半身の麻痺を抱えながらも、日常生活にとどまらず仕事に復帰する意気込みである。 会話もほどほどに成立するようになった。倒れてからの父はもともと温厚な性格だったものの、それに拍車をかけるほど穏やかな性格に変わった。 今日から数か月ののち、長かった入院生活は終わりとなり、両親は実家で生活を送ることとなるのだが、そこで大きな問題が待ち受けていた。 実家は3階建てで階段が多くあるため、かろうじて杖を突いて歩けるような状態では日常生活がままならないのだ。

この問題を家族で議論したところ、フラットに移動できる分譲マンションを購入する運びとなった。 ただ、マンションを購入するといっても、現状仕事も手につかない状態の父には障害者手帳が発行されていることもあり、住宅ローンを組むことが困難である。 そのため、長男である私がマンションを購入することとなった。 この手続きのためここ数日奔走していたが、つい先ほど契約が完了した。ここまで育ててもらった恩もあることなので、せめてもの親孝行でもある。 引き渡しはまだのため、ローンの返済は始まってはいないが、そのころには収入額を真剣に考え、場合によっては年収を理由に転職を実行に移すだろう。 話は逸れるが住宅ローンを組む際、十分な収入があっても勤続年数が短いと学歴等も問われるようだ。 また、リボルビング払いやショッピングローンをしていなかったことが審査によい影響をあたえていた点は、自分をほめるばかりである。

技術は進歩し、生活は快適になるばかりである。AIスピーカーが雨後の筍のように登場し、世間をにぎわしているのも肌で感じるほどだ。 こういった技術を障害者支援に活用できる可能性は大いにある。健常者が自身の生活をより快適にする方向にばかり注目されるが、障害者の生活のギャップを埋める方法にも活用できるものである。 父はこれから日常生活で不自由に感じる部分は多く出てくるだろう。こういった部分を、持つ技術力によって少しずつでも減らしていきたいと思うばかりである。 まずはAIスピーカー、どこまで人を幸せにできるか。この技術力をもって挑戦してみたい。

– 以上、記録としてまとめておく。

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